旧近藤邸  1925 (35) 大正14年

            設計:遠藤 新
            えんどう あらた、1889- 1951(62)

                             photo by mirutake  2012.05

アプローチ北側から

玄関

居間

子供用の椅子に見えたが  おくは和室 入り口はガラス格子戸
建築おとぎの国にきたような気がしてとても良かった。

居間続きの和室 床の間が内法より高くなるが、開口部が高くなるのは異例ですね。また柱が内法で止まるデザインになっている。柱面に内法高さまで、枠として化粧柱を取り付けている、大壁仕様と思われる。好きなところだけ柱型を出すやり方は、吉田五十八の新和風に先んじていたのでした(新発見)。

廊下から見る玄関から庭への出口

1階和室 廊下から一段上がる 和室には全てベンチが取り付けられている。畳を敷物として使っている。すると ちゃぶ台が少し違和感があるが、これでいいのだろう。


2階和室

和室に作りつけの椅子 窓はモンドリアンパターン デ・ステイルと言うこと、このときレーモンドは様式付加から脱出できないでいた。この写真では良く見えないが、枠の作り方が不思議な材料の組み合わせになっている。

南外観  藤棚が当初設計の太柱からはみ出し、もう二重新設柱になっている。藤棚は刈り込んでいいと思うのですが。 太柱というのが良く理解できない。居間の南側開口も、遠藤新独自のデ・ステイル パターンの建具で、だから、庭に解放していない。その意識が太柱に表れているのか。写真に見るように、南側外観は見えない。

写真では良く見えないが、右側和室側に縁の高さ300くらいの一畳ばかりの池がある。

その他、2階には屋上テラスがある。室とは関係なくある。

模型 居間に置いてある

1915 帝国ホテル  ライト
1922 明日館  ライト
1924 シュレーダー邸 リートフェルト
1924 自由学園 遠藤新
1925 旧近藤邸 遠藤新
1928 聴竹居 藤井厚二

近代建築の課題=内外一体という言葉は、ここにはない。

下に掲載の2階平面図を見ると、露台というのがあって、木造にもかかわらず、テラス状に大きなスペースを確保している。北側には玄関側から見える暖炉の煙突と縦格子によって守られている。ここでパーテイでもやったんだろうか。現場は鍵が掛かっていて入れなかった。居間に置いてある図面を見ると、「軽量コンクリート金コテ押さえアスファルト防水 伸縮目地」とあるが、1925年の時にこれでできたとは思えないが。1923レーモンドの先進のコンクリート住宅があるのだが。
またそれに続く室内が、廊下と思っていたが、サンルームになっている。これくらいのガラス窓では私には廊下の窓にしか見えなかったが、当時としてはガラスが多いと言うことなのかもしれない。同じことが1階居間の南ガラス面にも言えるのかもしれない。モンドリアンパターンでガラスを覆っているから、開放感が感じられないが、当時はこれで開放感があったのか?いややっぱり日本の住宅の南面掃き出し窓とは比ぶべくもない。あの居間は洋風家具の造り付けをやっていると言うことなんだろうか。その他の和室にしても、造り付けのベンチがある。外人が畳に座らなくていいように考えたのかなどと思ってしまうが。

聴竹居と同じ命題=椅子式と座式をどう融合するかに挑んだ時代。

    藤沢市 旧近藤邸





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    近藤邸 藤沢市

     遠藤新  (ウィキペディア)

     旧近藤邸November 26 [Wed], 2008, 2:27
     旧近藤邸PART2
     第4回講演「生活様式と向き合う建築―旧近藤邸」 発行:市民講座『湘南21』





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